日本語と英語の大きな違い

こんにちは。
石渡です。

先週書いた、to と for の違いの記事など、沢山読んでくださりありがとうございます。励みになります!

英語が苦手な自分の家族とその後話していて、もっと基本的なところから説明するのはどうだい?と提案をもらいました。
そんなわけで、まず大前提の日本語と英語の大きな違いについて書いてみたいと思います。

聞く文化と伝える文化

このブログを読んで下さっている方はおそらく日本語を話す環境で生まれ育った方が多いのではないかと思います。
わたしも同じく、日本で生まれ育ち、高校卒業後に渡米し、NYに9年間住み、その後こうしてまた日本で暮らしています。

こうして、母国を一度離れてまた戻ってきて日本語中心の生活に戻り、あらためて思うのは、日本語は聞き手にゆだねられる文化。

わたしは民俗学などを深く学んだわけではないですが、古くから日本はムラという共同体で生きてきて、農耕を中心に、皆で助け合う和を求められた文化だと思います。
なので、本当にはっきりとした物言いを避ける傾向があります。

日本語の特異な部分は、話し手が主語を明らかにしなくても、聞き手は文脈で主語を理解することを求められるし、自然にできることが多いです。
だからこそ、俳句や和歌などの、言葉の隙間を想像する美しい文学が栄えたのだとも思います。

逆に、英語のみならず、西洋の言語は、大陸のさまざまな国が、古くから政治や戦争などで領土などをめぐり、国境は時代ごとに変わり、他の文化、他の民族と入り交じりあいながら生きてきた人達が育ててきた言語です。

なので。

誰が何をしたのか。
誰の物なのか。
数はいくつあるのか。

英語や他の多くのヨーロッパの言語ではこうした情報を、できるだけ話し手が明確にします。
自分の行動とその責任の所在、誰が何をいくつ所有しているか、をはっきりと明言する必要性があったのだと思われます。

和の文化と、個の文化。
聞く文化と、伝える文化。

これを何となく頭のすみっこで思っているだけで、こまごました文法も色々腑に落ちてくるかもしれません。

例1)誰がために腹は減る

例を出してみましょう。

「おなかすいたなぁ」

このひとこと。

言ってる本人のことに決まってるでしょ?
なんて思いますか?

英語ではきちんと
I am hungry.
わたしはお腹空いている。

と言います。

スペイン語は実は主語がなくてもなりたつ言語ですが、
それは、動詞が主語ごとに変化するからです。

Tengo hambre.
TengoはTenerという動詞ですが、私という場合にしかこの活用は使えません。なので、Tengoを聞いた瞬間に聞き手は、相手が自分の話をしていると分かります。

例2)ペンを一本持ってる?

「ねえねえ、ペン持ってない?」
と聞かれたら何て答えますか?

「ペンあるよ!」
「ペン持ってるよ!」

とかでしょうか。

英語ではやっぱり

I have a pen.
わたしはペン一本持っています。

という、去年のピコ太郎フィーバーなくても、中学英語を通れば誰もが知っている文でしょうか。
これも、a をつけていちいち数を言ってください。

「なんで、そんな当たり前のこといちいち言うの、めんどうくさいな。気持ち悪いな」

なんて思ったかた、いますか?

実際ね、I have penだって通じると思います。
全然。
aの音なんて小さくしか言わないし、全然行ける。
でも、やっぱり文章とかでこう書かれると、もぞもぞしてくる。

もし店で
I want pen.
ペン欲しい

って言われたら、
How many?って聞き返したくなると思うのです。

我々が「誰が」「どうした」「いくつおれのだ」はっきり言われまくるともぞもぞするのと同じだけ、英語を話す人は数をはっきり言われないと、もぞもぞしてくると思うのです。

なので、この感覚の違いが言語の違いに潜んでるもの。
これこそが言語を通して異文化を知る楽しみかもです!

空気は読まずに発話に使う

そして、段々英語を学んでいくと、いずれ個を伝える文化が言語を通して、自分にもにじみ出てくると思うのです。

はっきり言う練習をしていたら、段々自分の意見と相手の意見の境界線を区別できようになったりします。

たとえば。親と喧嘩している友達がいるとします。

「お母さんと話をしたほうがいいんじゃない?」

こんな風に日本語で言う場合も。

I think you should talk to your mom.
あなたがお母さんと話した方がいいと
わたしは思うこと(自分の意見)なのか。

I want you to talk to your mom.
わたしは、あなたにお母さんと話して欲しい、
自分の希望を伝えているのか。

Talk to your mom.
お母さんと話しなよ。
と命令口調なのか。

日本語は、このへんすごく曖昧にできて便利。
自分の希望なのに意見とすりかえたりも出来る。

でも、こういうの見極められるようになると、すごく考えがすっきりしてきます。

英語を例えまったく話さない環境にいても、
新しい考え方を自分から引き出せるようになるかもしれない。

それってとっても私はわくわくするなーと思うのです。
わたしはね。

そして、そんな風に思う誰かの役に立てたらいいな、と思います。

さて、言語の違いについて書いたところで

次回は、主語主語なんべんも言うけど、しょうじき主語ってなんだろう?

と言うところを書いてみます!
お楽しみに!